参加者 HBC:榎本・越野夫妻・冨原(同伴者 石井)
STV:北島夫妻  HTB:長谷川  UHB:鹿股・佐藤


大井川鉄道SL・伊豆半島
富士の国「しずおか」をめぐる3日間のたび


今回の宿泊旅行は、阪急交通社トラピックスの企画ツアーに便乗した。この企画は、国の地域支援のための交付金事業として静岡県から一人当たり1万円の補助を受ける格安料金に恵まれた。
静岡といえば見所が沢山あるが、なんと言っても表題どおり「富士山」が主役である。間近に富士の山を眺めるのが参加者10人全員の願いだ。
1110日、新千歳空港から全員初めての富士山静岡空港へ向かう。
あいにく旅行期間中の天気は、好転の兆しはあるものの曇り勝ちの予報だ。静岡に近づいた機中では、早くも窓越しに「富士はどこだ」との声があちらこちらから聞こえてくる。結局、富士山は雲海の中に沈んでいたようだ。

空港到着後、近くの茶畑と茶の工場を見学。
この地方が日中の寒暖差が大きい高原にあって、葉の厚い良質の茶が生産できることや、その茶葉が良い色と香りの深蒸し茶を生んだことなど、興味深く聞くことが出来た。
(右写真は茶畑。冬に霜害からお茶を守るための扇風機を載せた柱が何本も見える)

次はこのツアーの目玉の一つ、SL列車に乗って大井川下流の「家山駅」からSL終点の「新金谷駅」まで約5km30分のレトロな旅である。


木造の家山駅

SL列車が駅構内に入ってきた

懐かしい雰囲気の客室

期待にたがわず、このSL列車は素晴らしかった。いわゆる「鉄ちゃん」と呼ばれる人たちで混雑することもなく、かつて我々が昔の田舎の駅で見たようにSLはゆっくり駅に入ってきて、乗降に充分な時間をとった後、またゆっくりと発車する。


ハーモニカを吹くガイドさん
車内は白熱電球のレトロな照明器具や椅子席など、どれもが懐かしい。加えて車掌さんのコスチュームに身を包んだガイドさんがハーモニカで懐かしい唱歌を吹いた後、鉄道にまつわる話を聞かせてくれる。そして愛嬌と笑いの塊のような車内販売のお姐さんもいてサービス満点だった。そして終点「新金谷駅」では、全員と思われる駅員さんが線路をまたいで「お帰りなさい」の横断幕を掲げてお出迎え。とても気持ちの良い「大井川鉄道SL列車」だった。
さて、初日の宿泊は浜松市。その道中、バスの中から見えた西の空は夕焼けで真っ赤に染まり、明日の富士山ウオッチングに期待が大きく膨らんだ。
この日の夕食は繁華街に出て、魚介類など地元の食材が美味しいと評判の居酒屋「ふとっぱら」で。少々飲みすぎた人もいるくらい大いに盛り上がった。

真っ赤に染まった西の空

二日目。ホテル近くにある家康の出世城「浜松城」を徒歩見学。
その後は一気に静岡市日本平へ。ここで富士山を眺める予定だったが・・・。残念無念、またしても富士山に振られた。

次に清水港からフェリーに乗って伊豆半島土肥港へと向かう。ツアーの企画書では「富士山クルージング」と称する目玉の一つだ。船上デッキから眺めても四方は曇り空。仕方なく船内ソファー席で休んでいると、一部の乗客が盛んに指を指している。あわててその方向を見ようとデッキに出ると雪をかぶった富士の山頂が雲間からやっと顔を出していた。何度も見ている富士山なのに、それを見るために訪れたツアーで見た富士山は、それがほんの一部でもやはり感動する。

 
左写真の中央に雲と見間違う富士があって、赤四角で囲った部分を拡大したのが中央の写真。
さらに、中央の写真の赤枠部分を拡大したのが右の写真。ようやく富士山と判別できる。
富士山はわずか数分の内にまた姿を隠したが、心はすっかり晴れ、2時間のクルージングは満足できるものとなった。

土肥港に着いたあとは、日本の滝100選の一つ「浄蓮の滝」へ。
滝への下りと登りで運動不足気味の足腰に鞭が入り、滝つぼ近くのマイナスイオンをたっぷり吸い込みリフレッシュした。

そのあとは、天城峠を越え半島の東海岸沿いに北上。熱川温泉等を経由して伊豆高原のホテルに到着、二日目の行程を終えた。

浄蓮の滝

「浄蓮の滝」の下流にわさび畑がある。滝への下り口近くの食堂で、この看板を見つけた。


三日目。少々早めの8時にホテル出発。
食後間もない時間ながら農園での「みかん狩り食べ放題」へ。
みかん畑は、急な坂に沿って広がっている。でもさすがに元気な北海道民放クラブのメンバー、随分と奥まで登った人もいた。でもお腹にはまだ朝食が残っており、3〜4個程度を食べるのが精一杯だったか(歳のわりには良く食べた)。

みかんを食べながら次の実を狙う
続いて、今年の7月に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産韮山反射炉」を見学。この反射炉は、幕府が近代的な軍事技術を導入し海防体制強化のため鉄製砲の製造工場として建造された施設のうちの溶解炉である。完成は明治維新の11年前、安政4年(1857年)だった。

(左 旅行ではディジタルビデオを離さない佐藤(UHB)さん)
世界遺産に登録されて一挙にお客が増え、次から次へと観光バスが訪れ、観光スポット化した感のある風情に、入社早々にここを訪れたという榎本(HBC)さんが、懐かしそうに反射炉を眺めておられたのが印象的だった。

(右 何十年振りの反射炉前で記念撮影、榎本さん)

さて、バスは最終目的地清水港の近く、最も優れた富士山の景勝地として、また「天の羽衣伝説」で有名な三保松原へ。三保松原は、平成25年(2013年)、世界文化遺産に登録された「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」の構成遺産のひとつとして認められ話題を集めたところである。
しかし、ここでも富士山を見ることは叶わなかった。
写真は、雲に隠れた富士山を心眼で写すと意気込みカメラを雲に向ける越野(HBC)さん。意気込みや良し!
でもレンズは見当違いの方を向いていた。残念でした。

広重の見た華麗な富士山を想像しながら、またの機会を願い静岡空港から新千歳空港へ飛び立ち3日間の旅を終えた。
(北島 記、 長谷川・北島 写真)