総本山 金剛峯寺

北海道民放クラブ旅行、今年初回の企画は「世界遺産高野山とたっぷり吉野千本桜三日間」と銘打ったJTB旅物語の企画に便乗しての旅でした。
日程は、吉野の桜が終わってしまったとの情報が飛び交う、4月12日からの二泊三日。
企画に当たっては、幹事で事前に打ち合わせを行い、侃々諤々、喧々囂々、あーでもないこーでもないと意見を出し合って、更に持ち帰って再協議するという事が多いのですが、今回は一発で全員一致という素晴らしいスタートでした。
千歳では危ぶまれた空模様も晴天に恵まれ、快調な滑り出しで関西国際空港へと向かいます。
最初の予定では7時台千歳出発で、千歳での前泊をも覚悟したメンバーもいたようですが、スケジュールの都合で11時発に変更。ホッと胸をなでおろしたのは当人だけではなかったようです。
快適な空の旅で、先ずは関西から第一の目的地高野山へバスで移動。
途中、機内で見慣れた顔に出会い「おいおいおい・・・」とお互いにビックリ!。中学、高校一緒の幼馴染み夫婦が一般ツアー客として同乗していたのです。以降、行く先々で昔話なども交え、楽しい旅の道連れとなりました。

金剛峯寺
先ず訪れたのが高野山金剛峰寺・・・筆者のみならず、特に家内は何十年越しの念願が叶ってのことだったので、感慨もひとしおです。

日本のレオナルド・ダ・ヴィンチと称するには少々お大師様に失礼かもしれませんが、万能人であった弘法大師の威光をイヤと言うほど感じながらの堂内拝謁で、すでに気持ちは娑婆を大きく離れて天空に浮かんでいます。

根本大塔
(壇上伽藍)
続いて壇上伽藍。高野山の中枢となる部分で、中心には根本大塔が堂々と聳えています。

そしてここを取り囲むように、金堂などを始めとする由緒ある建物、寺社が町全体を取り巻いていて、その数117寺を数えます。尤も全盛期には1000寺を超えていたとか。
見ものは弘法大師(当時は空海)が、日本での聖地に選ぶために唐から三鈷杵(さんこしょ)を投げたところ、雲に乗って飛んで行き、ここの枝に引っかかっていたのを発見してこの地を開いたと言われている縁起の「三鈷の松」。
この松の葉には、普通の二股の葉の他に三段になったものがあって、これを「三鈷の松」と言います。
しかし、他の参拝客が必死になって落ち葉を探していたのは実は隣の松の木で、本物は赤い囲いで保護された、別の木でした。

三鈷の松

天徳院


天徳院の中庭
出発時刻が遅くなったため、当日中に予定していた「奥之院」参詣は翌日に繰り延べして、宿泊先である宿坊「天徳院」に向かいます。

当地にホテルはありません。
宿泊先はすべて宿坊ですが、我々が泊まったのは、前田利常の正室・珠姫(戒名・天徳院、徳川秀忠の二女)の菩提を祀っている由緒ある寺院で、さすがにホテル並みの設備は期待できませんが、一重窓+障子で隙間風が入り、暖房も貧弱な事すら風情と思えるような一夜でした。

ここで当クラブのメンバーと、先に紹介した友人とが同室をダブルブッキングされていたというのも、きっと何かの縁でしょうか。
翌朝は本堂で有難い朝参に列席し、質素な精進料理に、娑婆の喧騒を忘れるひとときでした。
今回はお寺さんでの宿泊だったので、当然酒は禁物。なんと誰一人として酒やビールを飲んだ者はいません。その代わり、般若湯とか泡般若とか言う飲み物で和気藹々やらせて頂きました。
地元のコンビニに行っても、般若湯と泡般若しか売っていないので仕方のないことです。
しかし皆さん人間が出来上がっているせいか、これでも結構酔えるんですね。(当たり前です。落語でお馴染みですが、お寺ではお酒のことを般若湯と呼ぶのです。ビールは泡般若だそう。堂内にも泡般若の自販機が置かれていました)

街道筋のコンビニで
般若湯の広告

高野山 奥之院
二日目はいよいよ奥之院。アプローチ一帯が広大な墓地なのですが、古くは豊臣秀吉を始め、歴代将軍の墓に混じって企業の墓所が多数あり、それぞれの物故社員を祀っています。
少しでも弘法大師のお側にいたいという気持ちの表れだと言います
途中カラフルな模様の墓標があって目立っていましたが、花菱アチャコのものでした。
広い墓所を通って、最北端に構えるのが奥之院。橋の先は結界で、写真撮影、おしゃべり、飲食など娑婆の行動は厳禁です。
この奥に即身仏となられた弘法大師が鎮座されているのですが、今回はより近い場所である地下御廟まで参詣することが出来ました。
娑婆とはきっちり遮断された空気が凛と張り詰める中、大師の威光を身近に感じつつ僅かながらも意義深い時間を惜しみ、次の行程とせかされるのは、ツアー旅行ゆえ仕方のないことでした。

墓所の中を通って奥之院へ

根来寺 国宝 大塔
矢継ぎ早に次に訪れたのは根来寺。

開祖は覚鑁(興教大師)。
弘法大師の高弟でしたが、高野山との軋轢のもと新たに興した寺院で、根来衆と呼ばれる僧兵を従えたことでも有名です。

国宝の大塔など、見どころの多い寺院ですが、規模は残念ながら町全体が寺院である高野山には遠く及びません。

和歌山城
次は和歌山城。いきなり不気味な白虎の彫り物に度肝を抜かれての見学でした。
続いては紀三井寺。ここの階段は231段とのことでしたが、実際に数えて登ったら224段ありました。多分数え間違いです。いえいえ、案内にある数ではなく筆者が・・・です。

紀三井寺
途中、紀州梅専門店で休憩兼買い物タイム。
係の方の、「当社では梅干しは作っていません。農家から梅干しを仕入れて、新たに塩抜き、味付けをして販売しています。ですから当社は梅干し屋ではありません・・・」との説明に、常々何で梅干しが甘いの・・・!と疑問を持っていた身としては、妙に納得してしまいました。

南紀白浜に入り、白浜泉都巡り。円月島、三段壁洞窟、千畳敷などを観光後、二泊目の投宿です。
三段壁洞窟は絶壁の海岸に出来た洞窟で、奥まで海が入り込んでいるのですが、ちょうどここに温泉があって入浴できるようになっているのが、紀伊半島反対側の那智勝浦にある「忘帰洞」です。
徳川頼綸公が来遊されて「帰るのを忘れさせるほど心地よい」と呟かれたのでこう名付けられたそうですが半島の東西両側に似たような地形があるのを大変面白く感じた次第です。
さて、当夜は昨夜とは別世界。泡般若ならぬビールを頂き、二本の源泉かけ流しのお湯に浸って、たっぷりと娑婆の空気を堪能しました。

僅かに残っているサクラをバックに
(吉野山駐車場で)

中千本にはこの程度の桜が・・・
最終日は世界遺産吉野山の千本桜・・・はいいのですが、なんとサクラはすでに終わっていた!!!
ガイドさんが何度も謝ってくれたものの、自然には勝てません。
僅かに残った八重と枝垂れで何とか雰囲気を味わい、沿道の出店を冷かしつつの一時を過ごした後は、今シリーズ最後の長谷寺へ・・・。
ここも桜が終わって、折しも牡丹祭りの初日。
かの牡丹もまだ少し早かったものの、山門付近に緑色の桜「御衣黄」を発見。ちょっと得をした気分でした。

ここも300段の階段で、足の不自由な家内はこれまでの寺院も階段は無理なので下で待っていたのですが、なんと最上段を上りきったところに、ニコニコ顔で立っているではありませんか。

緑色の桜「御衣黄」
驚いたのなんの。曰く、奥之院でお大師様の御利益をいただいたのでワープして来たと。
そんな訳はない。駐車場で待っていたら、お寺の関係者の方が見つけて下さって、車で送って下さったとのこと。これも立派な御利益だったと同時に、旅先での人の親切を身にしみて感じた一幕でした。

初日の出遅れは完全に取り戻し、一路伊丹空港へと向かいましたが、三日間の晴天はみるみるうちに崩れ、空港到着時には本格的な雨となりました。今思えばこれが本当の御利益だったのでしょう。
帰りは直通ではなく、伊丹から羽田乗り継ぎで千歳へと向かいました。
事故もなく天候にも恵まれ、高野山での寒さ以外は楽しく意義深い旅行をすることが出来ました。

吉野山駐車場横で
 
次回秋の企画は日帰りを予定していますが、早くも旅行先の普請に追われている日々です。

【最後に蛇足】・・・途中でバスガイドさんが盛んに「道が狭いので、バスが離合できない」と言っていましたが、果たして何人の方が理解できたか・・・
あるメンバーに聞いたら全く理解できないとのことでしたが、実はこちらでは車同士ののすれ違いのことを「離合」と言い、東日本の人が理解できない言い回しの典型例に挙げられています・・・というつまらない蘊蓄で締めたいと思います。
 (文:越野  写真:越野、長谷川、北島)